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暑さも和らいで過ごしやすい秋の日がつづいていますね。東京は今日はいいお天気です。
そんな中でも世界は日本も含めて荒れに荒れていますね。本当に残念なことです。
私はかつて性善説派でしたが、今は性悪説派です。だからといって人間が嫌いというわけではありませんが。人間は好きだけど性悪説。一見矛盾するようですが、これがリアルな気がしています。
世の中は本当に「正義と悪」、「良い人間と悪い人間」というようにきれいに割り切れるものなのでしょうか。私はそうは思いません。
なので、大手メディアから聞こえてくる情報を鵜呑みにすることは私はまずありません。ロシアが悪でウクライナが善のわけがないし、パレスチナが悪でイスラエルが善のわけがない。
ただ、「確実に良い人間」はいないかもしれませんが、「確実に悪い人間」はいると思っています。
多くの人が、自分の中の「善と悪」で葛藤し、良くないとわかっていても自分に都合の良い解釈や行動をしてしまうもので、私はそれを「性悪説」と定義づけていますが、何の葛藤もなく悪いことをできる人間というのも残念ながらいます。そういう人間が世界中で権力を持ってしまっているのがとても問題なわけです。
という抽象的な書き出しでスタートした今回のコラムですが、まずはコロコロニュース。
本題です。
私は「性悪説派」だとお話しましたが、実は私の師匠の伊吹卓先生は「性善説派」でした。今日はそんな伊吹先生の師匠の、つまり私の師匠の師匠のお話をしてみたいと思います。ちょっとデザインチックなお話になります。
ちなみに師匠の伊吹先生は、このコラムで何度も登場していますが、著書は100冊超え、大手企業の商品開発などのコンサルタントをされてきた方です。残念ながら昨年90歳で亡くなられてしまいましたが。。。
●口紅から機関車まで
伊吹先生は、病弱なためなかなか仕事につくことができない時期があったと以前お聞きしました。たしか病院の事務的なことを大学を卒業してされていたとか。。。
そんなとき、電通でコピーライターをやらないかという話が、これも記憶が曖昧ですがお父さまから来たと仰っていました。「コネで入社した」と仰っていました。
電通でのはじめての仕事が、某歯磨き粉メーカーのお仕事。クライアントの部長に「君がつくったコピーで売れるのか?」と聞かれ答えに窮していたところ、「答えられないということは売れないということだな、やり直し!」と言われ、それから「売れるとはなんぞや?」という本質的でプリミティブな自問を繰り返すようになりました。
電通でアメリカに留学をさせてもらえることとなり、伊吹先生はある広告代理店の副社長と知り合います。その副社長に「売れるパッケージデザインとはどういうものですか?」と質問したところ、「それが知りたいならスーパーに行って一日中立っていなさい」と言われたそうです。
伊吹先生はそれを本当に実践します。3年間、仕事が休みの土日にスーパーに入り浸って朝から晩まで売り場を観察しました。
すると、明らかに売れ行きに偏りがある。よく売れる商品とぜんぜん売れない商品があるということに気づいたわけです。そして、売れる商品、売れない商品をつぶさに観察していった結果、売れる商品の多くをデザインしているあるデザイナーに行き当たります。
それが、レイモンド・ローウィという人でした。つまり、私の師匠の師匠です。
ローウィの話は伊吹先生からたくさんお聞きしましたが、私がローウィを知ったときには、当然もうこの世にはいませんでした。1893年に生まれ、1986年(私は10歳)のときに亡くなられたようです。
1893年といえば、日本は明治26年、まだ明治維新(都市伝説的にはこれで日本が乗っ取られた)から26年しか経っていないころです。ローウィが活躍したであろう30年後とか40年後でも、まだ大正末期とか昭和初期。。。そのころからレベルの高いデザインをつくっていたとは。。。(後ほど代表作をお見せします)
デザインの世界はいろいろなカテゴリがあります。ビズアップは主に「グラフィックデザイン」というカテゴリに当てはまります。「グラフィックデザイン」は「平たいものへのデザイン」とざっくり考えていただければいいです。代表的な「平たいもの」は「紙」ですね。
他にも、「プロダクトデザイン」であれば立体物のデザインですし、「空間デザイン」なんていうのもあります。
ローウィは、「口紅から機関車まで」という本を出版しており、グラフィックデザインからインダストリアルデザインまで幅広く活躍していました。
「口紅のデザイン」というと「??」かもしれませんが、口紅やリップクリームのひねると中身が出てくる構造はレイモンド・ローウィが考案したものだそうです。
ローウィはパリ出身でアメリカで活躍したデザイナーで、こんな人です。
うーん、イケオジですね。
●ローウィの代表作
伊吹先生はそれからローウィのオフィスに入り浸るようになったそうです。しかしながら伊吹先生はデザイナーではありません。自分がデザインを学ぶのではなく、ローウィのデザインやそのプロセスを見て、なぜ売れるのかを解明しようとしました。
ローウィのデザインプロセスには不思議な特徴がありました。
普通、何かをデザインするときは複数案を考案します。ここまではローウィも同じ。そして、多くの人はその複数案から「どれが最も良いか」を選びます。
ローウィが秀逸だったのは、その逆をやったことです。「どれが嫌いか」に着目しました。
その商品のターゲットとなる人たちへのアンケートで、
こう伝えて票を取りました。そして、ある一定数の「嫌い」を集めた案はすべてボツにしたそうです。場合によっては全案ボツにしてつくりなおしたこともあったと伊吹先生からお聞きしたことがあります。
伊吹先生はこの手法に着目しました。すごい手法だと。。。
日本に帰国してだいぶたったあと、ローウィのこの手法のネーミングを思いつきます。「不美人コンテスト」、または「ブスコンテスト」です。
「ブス」というと女性に反感を食らうかもしれないということから、「不美人コンテスト」という名前「も」用意したようでした。どちらかというと「ブスコンテスト」を先に思いつかれたようでしたし、私との会話でも「ブスコンテスト」とよく仰っていました。
ネーミングを思いついた興奮から、ローウィに国際電話をかけようとした矢先に、ローウィの娘さんから逆に電話がかかってきました。「ローウィが亡くなった」と。
伊吹先生は、ネーミングを思いついたのはローウィからの虫の知らせだと仰っていました。
伊吹先生は「不美人(ブス)コンテスト」を活用し、さまざまな企業のデザインや商品開発のコンサルタントをされます。そうして生まれた代表作が、アサヒビールの「スーパードライ」のパッケージデザインです。
ここで、ローウィがつくったデザインにはどんなものがあるかをご覧いただきたいと思います。
よくお伝えしているのがこちらですね。
【シェル石油のロゴマーク】
いまだにマイナーチェンジしかされていないと思われます。やっぱり造形のバランスがすばらしく美しい。
【不二家のロゴマーク】
日本の企業のロゴデザインをしています。不二家のロゴマーク。こちらもいまだに変わっていないのではないでしょうか?
【不二家ルックチョコレートパッケージ】
これもローウィの作品だったんですね。今回いろいろ調べていて知りました(汗)。やはり今も原型は当時と同じ。
【タバコのピースのパッケージ】
これもいまだにマイナーチェンジだけではないでしょうか。この鳥の造形とかやっぱりすごいと思う。ピースはJTの、つまり日本のタバコですが、この鳥がどことなく花札とかに出てきそうなのは気のせいでしょうか?それともローウィが参考にした??
たばこと塩の博物館のホームページには、当時の総理大臣の月給とローウィのデザイン料金が載っています。それぞれいくらだと思いますか?
【タバコのラッキーストライクのパッケージ】
これもいまだに変わっていませんね。原子爆弾投下をモチーフにしたという都市伝説がありますが、このパッケージデザインは1940年につくられたようなのでそれはウソですね(原爆投下は1945年)。
【ナビスコリッツのパッケージ】
新しいパッケージデザインの写真しかないですが、これだってマイナーチェンジしかされていないのではないでしょうか。誰もが一度は見たことあるデザインだと思う。最近はちょっと違うデザインのラインナップもあるっぽいけど。
【機関車】
当時はこの流線型の車体がものすごい斬新だったことでしょう。今見てもかっこいい。
【冷蔵庫】
これもおしゃれですね。日本人は「追加」したがりですが、削ぎ落としたほうが美しくなることもたくさんあります(というかそちらのほうが多い)。シンプル・イズ・ベスト的なデザイン。
【車】
車は何台かデザインしているようですね。オフィシャルサイトにいくつか載っています。
【ラジオ】
これめっちゃかわいい。今でも通じるでしょ。Facebookで大学の先輩がこの画像をアップしていて、「Raymond Loewy」って書いてあって「これもローウィなのか!」となりました。
【コカ・コーラの瓶】
いまだに使われていて誰もが知っているこの瓶もローウィのデザインだそうです。ただ、元のアイデア(左)は別の人の考案で、ローウィはリデザインした模様。造形美はローウィがリデザインしたもののほうがよいです。
【エール・フランスのフォーク、ナイフ、スプーン】
エールフランス・コンコルドの初就航のためにデザインされた「カトラリーセット」。こちらで購入可能なようです!写真もこちらから出典させていただきました。
他にもまだまだあるんですが、こんなところで。。。
●センスの「溝」
大学時代にバンドでオリジナルの楽曲をつくりはじめたころから、なんとなく感じていることがありました。それは新卒でデザインや印刷をする会社に入ってパッケージデザインや販促物のデザインに関わるようになってからも感じていました。
どんなことかというと、音楽でいえばバンドがかっこいいと思う曲と、お客さん(リスナー)にウケる曲はちょっと違うということでした。
もっとわかりやすくいうと、自分たちのやりたい曲のかっこよさみたいなものがリスナーには通じていないような感じ。リスナーは、自分たちが「ちょっとかっこよさにかけるな」とか「古くなってきたな」と感じる曲のほうが好みだったり評価が高い。
もっともっとわかりやすくいうと、「リスナーより自分たちのほうが音楽のセンスが良い」というもので、若干マウント取ってる感もあったかもしれません。
で、自分たちの楽曲だけにとどまらず、「あのバンドよりうちのバンドのやっていることのほうがセンスが良い、かっこいい」みたいに感じていましたし、実際バンド内でそういう会話もしていました。しかし、どちらがライブでお客さんを集めているかというと、そういう「自分たちよりダサい」バンドでした。
私たちはライブハウスの店長や他のバンド、音楽業界の人からの評価が高いバンドでした。つまり、「玄人ウケ」するバンドでした(それで余計調子に乗っていた)。
社会人になって、伊吹先生のマネをしてスーパーに立っていたことがあります。さまざまな商品のパッケージデザインを見て、曲がりなりにもデザイン会社の人間としてセンスが良いパッケージデザインはわかると思っていました。
しかし私が「センスが良い」と感じた商品とは違う商品が売れていきます。私の予想はぜんぜん当たりませんでした。
このころから、「なんとなく感じていたこと」が少しずつ言語化できるようになりました。それは「つくり手と受け手の間には溝がある」です。
音楽を作る側と聞く側、パッケージをデザインする側と買う側、明らかに「溝」があるんです。お笑い芸人なら、楽屋、深夜番組、ゴールデン番組で、明らかに「受け手」に合わせて自分たちのセンスをチューニングしています。簡単に言えばゴールデン番組のときにはかなり笑いのレベルを下げて、視聴者との「溝」を埋めているはずです。
バンドなら、売れていないのに「俺たちのほうがセンスが良い」とイキがっていてもまあ大して害はありません。しかし、ビジネスの現場だと「売れない」は致命的です。
なので、ビズアップをはじめたあともこの「溝」だけはいつも注意していました。
多くのデザイン会社がホームページを「かっこよくてセンスがいいけど難解」なデザインにする中、ビズアップはあえてセンスが良くなりすぎないように調整しました。デザイナーやディレクターには、「自分たちのセンスがデザイン業界では正解だとしても、そのお客さまにとって正解とは限らない」と伝えてきました。
「これってけっこうすごいことに気づいたんじゃね?」と思って調子に乗っていたある日、読んでいた本の中に「MAYA段階」という言葉が出てきました。
読み進めてみると「MAYA段階」は私が感じていた「つくり手と受け手の溝」をもっともっと的確で簡潔でわかりやすい形で言語化していました。
そして、「MAYA段階」を発見し体系化したのは、なんと師匠の師匠であるレイモンド・ローウィでした。しかも1940年ころにはもう発見していたそうです。私、生まれていないどころか両親も生まれてません。戦前ですよ。そんな前からもう気づいていたのか。。。
ちなみに「1940年代 広告 日本」とグーグル先生で検索してみると、こんな画像が出てきます。
「やっぱりまだこのレベルか」と思いつつも、「ニッケ学生服」はかわいいですね。。。
で、「MAYA段階」とはいったいどんなものかというと、「Most Advanced Yet Acceptable」の頭文字を取ったものです。この英文を訳すなら、「受け入れられるか受け入れられないかギリギリの前衛、先進性」みたいな意味になります。
Wikipediaには「消費者の中に潜む「新しいものの誘惑と未知のものに対する怖れ」との臨界点」とあります。
人間はつねに
- 新しいもの好き
- 新しいものに対する恐怖
の両方を抱えている生き物で、心の中で常にこの2つの心理が綱引きをしている状態で、「最適レベルの新しさ」を求めている、ということなんだそうです。
そしてその「最適レベルの新しさ」は、人によって違うわけです。音楽が好きでバンドで楽曲をつくっちゃう人の「最適レベルの新しさ」と、「そんなに詳しいわけではないけど一応音楽は好き」みたいな人の「最適レベルの新しさ」は違うわけです。
ビジネスにおいては、受け手に合わせたここの見極めができないと売れない、というわけですね。
しかもこれはデザインに限った話ではないというのもポイントです。どんな業種、業界、商品でも、売り手と買い手の間には溝があり、買い手のMAYA段階がどこにあるかを見極める必要があるというわけです。
さて、ぜひレイモンド・ローウィでネット検索してみてください。紹介できなかったさまざまなデザインが出てきて楽しいですよ。
今回はここまでです!
投稿者プロフィール
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ロゴ専門デザイン会社ビズアップを2006年に創業。
かつてバンドで大手レコード会社よりCDリリースするも、大事なライブ当日にメンバー失踪、バンドは空中分解。その後「社長になりたい」と思いすぎてヨメの出産5ヶ月前という非常識なタイミングで、各方面から非難を受けながらも独立、5ヶ月でビジネスを軌道に乗せる。
2009年から毎週書きつづけているコラムでは、ブランディングやデザイン、クリエイティブについてかなり独特な視点で切り込む。レインボータウンFMでパーソナリティも務めている。
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